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温泉が守った縄文の芋——沓掛温泉に残る「弘法芋」

泉質に関する読み物 — 成分・泉質名・分析表の読み方

2026年10月31日読了 6分
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温泉が守った縄文の芋——沓掛温泉に残る「弘法芋」

長野県青木村の沓掛温泉。その湯が川へ流れ出す場所に、サトイモが群生しています。

温泉の湯尻(ゆとじり)は冬でも水温が高く、周囲が冷え込む季節にも水辺は凍りにくい。この環境に育つ「沓掛の野生里芋」は、長い時間をかけてこの土地に残ってきました。平成19年(2007年)5月1日付で、長野県指定天然記念物(名称:沓掛温泉の野生里芋)にも指定されています。

このサトイモは、地元で「石芋」あるいは「弘法芋」と呼ばれています。その名には、弘法大師にまつわる話が残されています。

弘法大師と石芋の伝説

昔、沓掛を訪れた弘法大師が、川辺でサトイモを洗っている老婆に出会った——青木村の伝承では、空腹だった大師が芋を分けてほしいと頼むと、老婆は「この芋は石のように硬くて食べられない」と断った、と伝えられます。

ところが家に帰り、夕食に芋を食べようとすると、本当に石のように硬くなっていた。それ以来、この芋は「石芋」「弘法芋」と呼ばれるようになった、という話です。

全国には弘法大師と石芋を結びつける伝説が各地に残っています。沓掛温泉のサトイモも、土地に根づいたそんな物語をまとっています。

エグイモという古い品種群

沓掛のサトイモは、植物の研究では「エグイモ」の品種群に属するとされています。

エグイモは、単に「えぐい味のする芋」という意味だけではありません。サトイモの品種群の一つで、子芋を多くつける性質を持ちます。古い文献ではサトイモそのものの別名としても使われてきました。

静岡大学の本橋令子教授らは、沓掛温泉のほか、山梨県甲府市の龍源寺や島根県松江市の芋の谷などに自生するサトイモを調べ、国内外の品種とゲノムを比較しました。その結果、日本各地に点在する自生サトイモは遺伝的に近いグループを形成し、インド北部のサトイモに近く、エグイモ品種群に属することが分かりました。

さらに、沓掛温泉のサトイモが実際に食用になることも確認されています。縄文時代の人々も、こうしたサトイモを食べていたのではないか——研究者は、縄文人の食生活を考えるうえで重要な作物だった可能性を提唱しています。

温泉が寒冷期から守ったのか

サトイモは東南アジアを原産とし、温暖な気候だった縄文時代の日本にもたらされたと考えられています。その後、縄文時代晩期に気温が下がると、多くの地域で育ちにくくなり、姿を消していった——という説明が、青木村の案内や考古学の議論で繰り返し引用されています。

一方、沓掛温泉では冬も湯尻の水が温かい。寒冷化のなかでも、この水辺はサトイモが生き残れる環境だったのではないか。縄文時代に渡来したサトイモが、温泉の熱に守られて現在まで残った——藤森栄一(1969年)や江坂輝弥らが沓掛の事例を挙げてきたのは、この土地の環境があったからです。

ただし、縄文時代から同じ個体群が途切れずに生き続けてきたことまで、直接証明されているわけではありません。温泉の熱が生育を支えてきたことと、縄文時代からの連続性は、分けて考える必要があります。

湯が残したもの

温泉は、人が湯につかる場所をつくるだけではありません。流れ出した湯は水辺の温度を変え、そこに暮らす生き物や植物の環境も変えていきます。温泉が生物にもたらす作用——泉質がつくる生態系で触れた「湯尻の環境」とも重なる話です。

沓掛温泉の弘法芋は、温泉のそばに生き残ったサトイモであり、縄文時代の食文化を考える手がかりでもあります。

湯尻に流れる温かな水。そのほとりに今も葉を広げるサトイモには、温泉が土地の自然と歴史に刻んできた、もう一つの記憶が残っています。

参考(外部)

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キーワード:沓掛都道府県:長野県
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