東北の温泉地
温泉郷に関する読み物 — 名湯・地域の温泉文化
東北の温泉地
北海道の温泉地は北海道の温泉地で紹介しています。
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銀山温泉(山形):江戸初期、かつて栄えた野辺沢銀山の鉱夫が発見したと伝わる湯。1913年の大洪水で温泉街は一度壊滅したが、大正末期から昭和初期にかけて地元財界の力で復興し、銀山川の両岸に洋風木造多層の旅館が並ぶ現在の「大正ロマン」の景観がこのとき形づくられた。泉質はナトリウム-塩化物・硫酸塩泉。
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乳頭温泉郷(秋田):乳頭山西側の山腹に、鶴の湯・黒湯・蟹場・妙乃湯など7つの一軒宿が点在するブナ林の秘湯郷。なかでも鶴の湯は寛永15年(1638年)に秋田藩主・佐竹義隆が湯治に訪れた記録が残る最古参の宿で、傷ついた鶴が入浴していたことが名の由来と伝わる。宿ごとに泉質が異なり、湧出直後は透明でも時間とともに白濁する湯が多い。
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鳴子温泉郷(宮城・東鳴子・川渡):平安時代の史書『続日本後紀』に837年の記録が残るほど古く、松尾芭蕉も『おくのほそ道』で「なるこの湯」と詠んだ。東北最大の370本もの源泉を持ち、日本の10泉質のうち7種類が楽しめる屈指のバラエティを誇る。三大こけし発祥地の一つとしても知られ、首を回すとキュッキュッと音が鳴る「鳴子こけし」の工房が今も温泉街に点在する。
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肘折温泉(山形):大同2年(807年)、旅の僧が老翁(地蔵権現)から肘の傷を癒やす湯を教えられたという伝説を持つ、開湯1200年を超える古湯。自炊部を備えた木造旅館が並ぶ鄙びた湯治場の風情を今に残し、大正6年に始まった名物の「肘折朝市」は今も毎朝5時半から山の恵みを売る行商人で賑わう。
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国見温泉(岩手):南部藩お抱えの湯治場だったと伝わる、駒ヶ岳南麓の一軒宿・石塚旅館が守る秘湯。含硫黄-ナトリウム-炭酸水素塩泉に含まれる炭酸カルシウムと硫黄の微粒子が光を散乱させ、天候によってレモン色から濃緑色まで変化する幻想的なエメラルドグリーンの湯で知られる。効き目が強いとされ、1回20分程度の入浴が推奨される。
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蔵王温泉(山形):日本武尊の東征に従軍した吉備多賀由(きびのたがゆ)が発見したと伝わる、約1900年の歴史を持つ古湯で、かつては発見者の名から「高湯」と呼ばれた。pH1.25〜1.6という日本屈指の強酸性硫黄泉でありながら、美肌成分メタケイ酸を豊富に含むことから「美人の湯」とも称される。冬は樹氷とスキーリゾートとしても名高い。
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八幡平(岩手・秋田):昭和34年(1959年)、秋田側の玉川・後生掛・蒸ノ湯・大深・大沼、岩手側の藤七の6つの温泉が一括して国民保養温泉地に指定された際の総称。玉川温泉は塩酸を主成分とする世界的にも珍しい強酸性泉で、他は硫黄泉や単純温泉など、山ごとに個性の異なる秘湯が点在する。
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秋保温泉(宮城):6世紀、第29代欽明天皇の皮膚病をこの地の湯が治したという伝説から「名取の御湯」の称号を賜ったと伝わる、古墳時代にまで遡る古湯。鳴子温泉・福島の飯坂温泉と並ぶ「奥州三名湯」の一つで、伊達政宗も度々療養に訪れ、藩主専用の御殿湯が整備された。仙台中心部に近く「仙台の奥座敷」と呼ばれる。
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酸ヶ湯温泉(青森):貞享元年(1684年)、傷を負った鹿が湯で回復するのを見た狩人が発見したと伝わる。青森ヒバ造り160畳の大浴場「ヒバ千人風呂」は、万病に効くとされる強酸性の湯を伝統的に男女混浴で提供してきた(現在は女性専用時間も設定)。1954年に全国第1号の国民保養温泉地に指定された、湯治文化を色濃く残す一軒宿。
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蔦温泉(青森):平安末期にまで遡ると伝わる古湯で、浴槽の底から直接お湯が湧く「足元湧出」の名湯として知られる。明治の紀行文学者・大町桂月がこの地を深く愛し、晩年には本籍まで移して住み着いた。泉質はナトリウム・カルシウム-硫酸塩・炭酸水素塩・塩化物泉で、慢性皮膚病や切り傷への効能が伝えられる。
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出典
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